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立ち止まらずに(リリアとトレイズ、トレイズ主役の非エロ)

リリアとトレイズより、トレイズ主役のお話。
珍しく非エロ作品になっています。
リリアとトレイズⅠ、Ⅱの直後、水泳の練習をしながら
トレイズが旅先で出会ったあの事件について想いを馳せます。






バシャバシャと水しぶきが上がる。両の足がしっかりと水を捉え、鏡のような水面を切り裂くように泳いでいる………はずだった。
華麗に泳いでいるつもりで実は10メートルも進めていなかった少年は、水の中で見苦しくもがくのをやめ、岸に上がる。
「進歩しないよな、俺………」
うつむいて地面に座り込んだその少年、トレイズの口から、深い深いため息が漏れる。
幼馴染の少女、リリアとの旅行から帰ってきて以来、彼は毎日のように泳ぎの練習を行っていた。
旅行中に巻き込まれた事件の最後で、リリアとトレイズの乗った飛行艇は湖に沈んでしまった。
カナズチだったトレイズはおぼれてしまい、リリアに死ぬほど心配を掛けて、死ぬほど格好悪いところを見せてしまった。
情けなくて涙が出てきそうな思い出、それがトレイズを一念発起させた。俺だってやれば出来るはずだ。見事泳げるようになって見せようじゃないか。
やる気満々の練習は着実に成果を見せ、水に入るのも怖かったトレイズが、今ではなんとか少しは泳げるようになってきている。
周りに泳ぎを教えてくれる人間もおらず、独力でここまでたどり着いたトレイズの努力は結構大したものなのだが、彼自身はどうしても満足できないようだった。
もっと格好良く、もっと速く、もっと上手に泳げなきゃいけないのに………
焦りばかりが募って、気持ちが空回りする。
自分のやり遂げた事が視界に入らず、まだ出来ないことばかりが頭の中を支配する。そして、その結果………
「うあ~、俺はヘタレだよう………」
双子の妹(暫定)のメリエルがいつも自分に言ってくる言葉を、知らないうちに口にしている。
見上げれば憎らしいぐらいに青い空、爽やかな日差しが自分をあざ笑っているように感じられる。
ごろんと地面に大の字になると、自分の無力さが見に染みた。
無力………。
旅先でのもう一つの思い出が、トレイズの頭の中に蘇る。
旅先でトレイズが巻き込まれた事件、その裏にあったのはどこまでも残酷な企みだった。
幾つもの思惑が絡み合っていたその事件の表面で、無力なトレイズはただ一人踊っていただけだった。
真実を知っていたとして、自分に何が出来ただろう。
仕方が無かったのだ。
どうしようもなかったのだ。
たとえ納得がいかなくとも…………。
トレイズの脳裏に、事件の裏にあったものを教えたあの人の顔が浮かぶ。
悲しそうに笑いながら、淡々と語っていたあの表情が……。
「今頃どうしてるんだろう?トラヴァス少佐……いや、ヴィルさん」

そのトラヴァス少佐は、ただいま恋人であるアリソンの家のダイニングの椅子に腰掛けていた。
その表情はなにやら硬く強張って、顔色は真っ青、日差しの強い外とは違って室内はずいぶん涼しいはずなのに、玉のような汗が顔を流れ落ちていく。
「……えっと…その……アリソン?ちょっと…どいてくれないかな?」
「……うにゅ~…ヴィルぅ………好きぃ~……」
ヴィルの体に軟体動物のようにへばりついて、両の腕で恥ずかしげも無くきゅ~っと抱きついているのは、ご存知アリソン・シュルツ大尉である。
稀に見る美人であるはずのその顔は、今は幸せのあまり情けないえびす顔になっており、周囲の状況すら見えていないようである。
実は現在、アリソンの中である深刻な事態が進行していた。
それは、重度のヴィル不足である。
ここのところ、一日中べったりヴィル=トラヴァス少佐といられる機会が無かったこと、これはアリソンにとって大きなストレスとなっていた。
それに加えて、彼女が従事していた試作機のテストが天候やらなにやら、人の努力ではどうにもならない類のアクシデントで難航したのだ。
二つのストレスが激しく化学反応を起こした結果が、現在のこの状況であった。
はっきり言って、今の彼女にはヴィルしか見えていない。
そして、並んで座るトラヴァス少佐とアリソンの真向かいには………。
「………というわけで、この件についてはこの方向で処理することになりました……」
「…あ、ああ…良くわかったよ……アックス」
トラヴァス少佐の部下である20代半ばほどの女性、アックスが書類を広げていた。
トラヴァス少佐の確認が必要な案件が急に生じたため、休暇中だった彼を探し回り、ようやくこの家に辿り着いたのだったが……
(……な、なんでアリソンの事に突っ込まないんだろう?)
部屋に入ってきたアックスは、アリソンにへばりつかれた情けないトラヴァス少佐を見て、一瞬表情を曇らせた後、淡々と必要な要件だけを伝えてきた。
なんの感情も読み取れない無表情が、とにかく恐ろしい。
どうしてこんな事になってしまったんだろう?
いくら考えてもわからない。部屋を支配する重苦しい空気が、トラヴァス少佐をじわりじわりと窒息させようとしているようだ。
正直、今のアックスが発している妖気のようなものの正体が、トラヴァス少佐にはわからない。
それも仕方が無い。『心から愛している』なんて、台詞が吐けるようになったといっても、所詮トラヴァス少佐の正体は天下御免の朴念仁ヴィルである。
スパイとしての仕事を通じて様々な経験を積み、多少は男女のことも分かるようになったつもりのトラヴァスだが、その中に自分を当てはめて考えることが出来ずにいた。
頭の中にアリソンのことしかない彼にとって、浮気という言葉も現実感のあるものとしては捉えられていなかった。
この夏、初めてアックスに会ったアリソンに「浮気なんかしてないでしょうね」と言われて、やっとそういうものが他人事ではないと理解できたぐらいである。
今の状況を打破する術など、持ち合わせている筈も無かった。
ともかく、さっさと用件だけ終わらせてしまうしかない。そう考えたヴィルは、震える指で必死に書類をめくる。
と、その時玄関からドアの開く音が聞こえた。
「…………しまった」
この家で暮らしているのはアリソンだけではない。実はトラヴァス少佐自身の娘であるところの、あの少女の存在を失念していた。
やがて彼女は、この時間の凍りついた部屋にその姿を現す。
何もいえないトラヴァスに代わって、アリソンが間の抜けた声でその名を呼ぶ。
「あ、リリアちゃんおかえり~」

「…………リリア」
鬱々とした気分に沈み込もうとしていたトレイズの脳裏に、彼にとって一番大切な少女の顔が浮かんだ。
子供たちが乗った飛行機を落とそうとしていた男たちに向かって、彼女ははっきり、堂々と『悪党』叫んで見せた。
あの時のリリアは滅茶苦茶格好良かった。惚れ惚れするようだった。
少しだけ体に力が戻ってくる。
確かに世の中、裏も表もいろいろあって、誰もがそれなりの事情を抱えている。
だけど、それでも納得できないこと、退いてはいけないことはあるのだ。
彼は以前、東西の戦争を終結させた壁画の発見について、その発見者である父から聞かされたことがある。
壁画の洞窟の入り口で、自分たちを殺そうとしていた男の命を、その時はまだ少年だったトラヴァス少佐、ヴィルが撃ち殺した。
誰よりも優しく、暴力を好まなかった彼の手で、男は殺された。
その後、彼は泣き出しそうな表情で呟いていた。
『僕には正解がわからない』と
トラヴァス少佐の悲しげな微笑が蘇る。
多分、彼はまだ悩み続けているのだろう。
どちらが正解なのかわからない。彼はその狭間に立って今でも苦しみ続け、しかし、それでもなお、自分のやるべき事を諦めようとしていない。
トレイズは大きく勢いを付けて、一気に起き上がった。
湖の上を渡る風が、トレイズの頬を優しく撫でる。穏やかな湖面に太陽の光がキラキラと反射する。
トレイズは再び、湖に向けて歩き出した。
簡単に答の出る問題じゃない。
でも、だからこそ、逃げずに立ち向かうのだ。
苦しむだけ苦しめば良い。それ以外の方法を、自分は知らないのだから。
もう一度、リリアの笑顔を頭の中に浮かべる。
うん、大丈夫だ。
水際に立って、軽く柔軟体操。
実はまだいくらか残っていた水への恐怖心が、いつのまにか自分の中から消え去っていることに気がつく。
「なんだ。俺って結構やるじゃないか」
勢いをつけて飛び込むと、派手な水しぶきが上がる。
無様に、もがくように、それでも着実にトレイズは泳いでいく。
絶え間ない苦悩の狭間を、休む事無く、少しずつ、トレイズは進んでいく。

…………そんな彼にはもちろん、首都のアパートの一室でトラヴァス少佐が、3人の女性の狭間で苦しみ続けていることなど、知る由もなかったのだけど……。

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