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心のなかに(ヴィル×アリソン)

アリソンとヴィル、二人の絆について自分なりに考えて書いてみました。
エロなしで、尚且つ妙に重たいお話です。
それでもよろしければ、読んでいただけると嬉しいです。

飛行機事故に遭遇したアリソンと、それを気遣うヴィルのお話。
本編は追記から。





穏やかに降り注ぐ陽の光の下、風が涼しげに吹き抜ける首都の午後。
ヴィルは窓の外を流れる雲を見上げながら、一人紅茶を飲んでいた。
猫舌の彼は何度もティーカップに息を吹きかけながら、ゆっくりとその味と香りを楽しむ。
慌ただしい首都の喧騒もこの時間はちょうど収まっているようで、流れて行く時間は平和そのもの。
そんな中、ヴィルはこのアパートのもう一人の住人、今は空軍の仕事で数日家を空けているアリソンの事を思い浮かべる。
「……今頃、この空のどこかでアリソンも飛んでいるのかな……」

空。
流れる風に乗ってどこまでも高く飛んでいく翼。
幼馴染の少女がかつて真剣にヴィルに語って聞かせた夢。
彼女は今、その夢を叶えて、空軍のパイロットの一人として任務に従事している。
ヴィルは思い出す。
二人がまだ『未来の家』で暮らしていた頃、ヴィルはいつもアリソンの傍にいて随分と彼女に振り回されたものだった。
遊んで、無茶な冒険をして、疲れ果てて二人で草群に座り込んだとき、ふと隣のアリソンが、空のずっと高い場所を見上げている事に気付いた。
きらめく青い瞳に、空の蒼が映る。
憧れるように、ただ真っ直ぐと空に向けられた眼差し、その横顔が何か神聖なもののように思えて、ヴィルは言葉もなくアリソンを見つめていた。
思えば、あの頃から彼女は遠く高い空への夢を膨らませていたのだろう。
二人が『未来の家』から旅立つその日が迫った12歳のある日、アリソンは庭の木陰で読書をしていたヴィルに言った。
「私、空を飛びたいの」
「空……」
本から顔を上げ、ヴィルが視線を向けた先には、まっすぐな瞳でこちらを見つめるアリソンの顔があった。
これまで隣から眺めていたあの遠い空を見つめる眼差しが、今はヴィルに向けられていた。
「だから、私、「未来の家」を出たら空軍学校に入って、軍人になって、パイロットになって、その中でもとびきりのエースになって……」
アリソンの語る言葉は淡々としていながら、同時に強い意思の力が込められていた。
「……飛行機に乗って、ずっと、いつまでも、高くて広い空を飛びたい。………おかしいかな?女の子がパイロット目指すなんて……」
「そんな事ないよ」
最後に少しだけ不安そうな表情を見せたアリソンに、ヴィルは優しく言葉を返した。
「そんな事、絶対にない。僕はアリソンのその夢、すごく素敵だと思うよ」
「ヴィル……うんっ!ありがとう!私、頑張るからっ!!!」
「うわ、アリソン!!?…ちょっと…痛いよ」
ヴィルの答えに満面の笑顔を浮かべたアリソンは嬉しさに任せて力いっぱいヴィルを抱きしめた。
その強引な、だけれども親愛の情に満ちた抱擁に苦笑しながらも、ヴィルは心の底からアリソンの夢が叶う事を願った。

そして今、彼女はかつての宣言通りに空軍パイロットになり、あの青い空を飛行機で飛び回っている。
『女性だから』、そんな理由でパイロットに相応しくないと言われた事もあったが、
アリソンの実力は次第に周囲に認められ未だ戦闘機乗りにはなれていないものの、飛行任務を任せられる事も以前より多くなった。
アリソンが自らの夢を現実の物として、大好きな空を飛んでいる事をヴィルは嬉しく思っていた。
「アリソン……」
窓の外に広がる空の蒼は、あの日夢を語った彼女の瞳と同じ色。
どこまでも、果て無く広がる空の中に彼女の面影を見ながら、ヴィルはようやく冷めてきた紅茶をゆっくりと口に運んだ。


ヴィルが”その知らせ”を受け取ったのはその翌日の事だった。
『空軍での任務中、飛行機事故のためアリソンが負傷した』
言葉を失い、表情を無くし、呆然と立ち尽くすヴィルは手にした電報をギュッと握り締めていた。
それからヴィルは、気を抜くとそのままその場にへたり込んでしまいそうな体を何とか動かし、家を飛び出した。
アリソンが収容されているという病院へ。
足をもつれさせながら路面電車の駅へと向かうヴィルを、昨日と変わらぬ青空がただ穏やかに見下ろしていた。


病院までの道のりはせいぜいが一時間程度といったところだったろうか。
しかし、その一時間はヴィルにとって自分の体を切り裂かれるような痛みと、言い表しがたい焦燥に満たされたものだった。
一体、アリソンはどれだけ大きな怪我を負ったのだろうか?
命に別状はないのか?
意識はあるのか?
最悪のビジョンが何度となくヴィルの脳裏に浮かんでは消え、彼の心をめちゃくちゃにかき乱した。
止まらない体の震えを押さえつけて、乗り換えたバスが病院に辿り着くまでの時間を待つ。
ただひたすらに、アリソンの無事だけを祈りながら。

そして、ようやく辿り着いた病院の受付で、ヴィルはともすれば叫びだしてしまいそうな心を必死になだめながら、アリソンの病室の場所を聞き出した。
病室に向かう階段を一段登ろうとする度に足がすくんで震えた。
晴天の外に比べるとどうしても薄暗い廊下。
一歩進むごとに目眩でそのまま倒れ込んでしまいそうになる。
「…アリ…ソン……どうか…無事で………」
やがてヴィルは、視界の先に受付で告げられた番号の病室を見つける。
残り8メートル。
ゴクリ、唾を飲み込んで、ヴィルはその扉へと近づいていく。
狂わんばかりのスピードで早鐘を打ち鳴らす心臓。
辿り着いたその扉の前で、ヴィルは改めてぎゅっと右手を握り締め、止まらない震えを強引に押さえつける。
(この向こうに…アリソンがいる………)
アリソンの無事を確かめたい気持ち。
『もしも』の事態を恐れる気持ち。
ヴィルの心の中でその二つがせめぎ合う。
大切な幼馴染の、最愛の女の子の、無残な姿を見る事になったとき、自分はどうなってしまうのだろうか。
絶える事なくヴィルの胸中に渦巻く不安。
それでも、ヴィルは覚悟を決めて、その扉に手を掛けた。

「…ヴィル……っ!!」

扉を開いた瞬間、目に映ったのはベッドの上に腰掛けて、開け放たれた窓の向こう、青い空を見つめる少女の姿。
窓から吹き込む風に揺れる金色の髪が、光を反射してキラキラ、キラキラと輝いている。
少女は扉の開いた気配に気づき、ゆっくりとそちらに振り向く。
そこに立つ少年の姿を認めて、少女の青い瞳が大きく見開かれた。
「ヴィル…ヴィル……っ!!」
「アリソン……っ!!!」
心からの安堵の息と共に、彼女の名を呼びながら、ヴィルはベッドへと駆け寄った。
見た所、大きな怪我は特に無し。
体のそこかしこに巻かれた包帯が痛々しかったが、少なくとも彼女は、アリソンは無事だった。
「…よかった、無事で……」
溢れそうになる涙をぐっと堪えて、ヴィルはアリソンの体の感触を確かめようと、その腕を彼女に伸ばす。
しかし、抱きしめるその寸前で、彼女の傷に障る事を恐れてその手を止める。
「うー、何よ。危機一髪の事故から無事生還した恋人に、熱い抱擁の一つぐらいくれてもいいじゃない」
「ごめん。でも、アリソンの傷の具合がどうなのか心配だったから……」
「そういえばそうね。まだ体中のそこかしこが痛いし、手足を動かすたびに関節がギシギシ言うし……」
ヴィルの言葉に、少し不満そうな表情を見せたアリソンだったが、そこからしばらく考えて……
「えいっ!」
「うわぁ!?」
今度は自分から、ヴィルの体に抱きついた。
「えっと…体、まだ痛いんじゃなかったの?」
「そ、だから自分の状態を一番よく分かってる私からヴィルを抱き締めてあげる事にしたの」
そう言って得意げに笑う顔は、いつものアリソンのものだ。
その表情に改めてアリソンが今ここに生きている事を実感したヴィルは、彼女の背中にそっと自分の手を添えたのだった。

それからヴィルは、ベッドの傍らの椅子に座り、アリソンの語る事故の一部始終について聞くことになった。
当時の彼女は飛行機の輸送任務の最中、副座式の戦闘機の後部座席に座り、操縦はもう一人のパイロットが担当していた。
「その人は体も頑丈で、操縦も私よりずっと上手くて……だから、あんな事になるなんて思ってもみなかったわ」
同行する複数の機体と共に順調に飛行を続けていた戦闘機。
アリソンがその異変に気付いたのはほんの偶然の事だった。
前方に座るパイロットの様子がおかしい。
揺れる機体の上でも分かる、苦しげに震える両肩。
アリソンが電話で前方の席に話しかけようとした瞬間、それは起こった。
ガクン!!
飛行機の高度が一気に下がり、機体が傾く。
右に左に、まるで暴れ馬のように制御を失った戦闘機の座席の上でアリソンは自分の体がめちゃくちゃにシェイクされるのを感じた。
それでも、アリソンの腕前ならば、ここから機体の体勢を元に戻す事は容易かっただろう。
だが、必死で操縦桿を握るアリソンに追い打ちをかけるように、突然凄まじい気流が機体を呑み込んだ。
「……機体が暴走したほんの僅かな間に近くの山に近づきすぎたの。ああなると、飛行機なんてひとたまりも無いものね……」
木の葉のように舞う機体の中、アリソンは諦める事なく機体の制御を取り戻そうと奮闘していた。
だが、ようやく機体を水平に戻せたかと思った瞬間、かなり高度を下げて飛んでいた戦闘機の翼が一際高くそびえる針葉樹にかすった。
再びバランスを崩す機体。
アリソンは座席の上で振り回されながら、最後の賭け、不時着陸の決意を固めた。
「……そこからは無我夢中で、ほとんど何をやったのかも覚えてない。
足元の景色が森から草原に変わったのを見て、どんどん高度の落ちてく機体を何とか水平に保とうとして
左に傾いたままの体勢で地面に突っ込んで、片方の翼が折れて後ろに吹っ飛んで行くのを見た。
不時着した機体はぐるぐるコマみたいに回って、あれで気を失わず、もう一人のパイロットも助けられたのは幸運だったわ……」
何とか脱出に成功し、機体から離れたところで飛行機の燃料が爆発した。
そして、その衝撃と飛び散る破片を避けるためその場に伏せたところで、アリソンの意識は途絶えた。
気がつくと、全身のそこかしこに包帯を巻かれ、この病院のベッドに横になっていたという。
「まあ、とにかくそんなわけで、私たちはこうして無事に生還。
運が良かったのも事実だけど、私のパイロットとしての力量があってこその奇跡の大脱出だったわけ」
語り終えたアリソンは得意げな笑顔を浮かべ、右手でピースサインをしてみせた。
いつも通りのアリソンの明るさに、ヴィルはホッと安堵の溜息を漏らす。
ちなみにアリソンに同乗していた例のパイロットは病院での診断の結果、心臓に関する病気の疑いがあるという事で検査を待っているという。
恐らく、病気から回復し空軍に戻ったとしても、パイロットとしての復帰は難しいそうだ。
それでも、あの局面で自分を救ってくれたアリソンに彼は深く感謝しているという。

それからしばらくの間、ヴィルはアリソンとの数日ぶりの二人の会話を楽しんだ。
兎にも角にも、アリソンの無事が確認できたヴィルの胸中は心からの安堵の気持ちに満たされていた。
………だから、彼は気付く事が出来なかった。
いつになく饒舌なアリソンの笑顔に僅かに滲む僅かな陰に……。
重ねられた手の平の僅かな震えに………。

アリソンの話によると、この後、彼女は大事を取って一週間の入院が必要であると言い渡されているらしい。
「まったく…こんな病室に居たって退屈なだけなのに……」
「駄目だよ。怪我はちゃんと治さなくちゃ」
不服そうに頬を膨らせるアリソンの頭を、ヴィルの手が優しく撫でる。
病院に来てからかれこれ5時間、病室のベッドの上で過ごす時間に一晩でもう飽きてしまったと言うアリソンに付き合って、
ヴィルは随分長いこと、彼女の話し相手になっていた。
事故の一件にまつわる諸々や、任務中に起こった様々な出来事、アリソンが留守の間のヴィルの生活についてなど、
話して、聞いて、笑って、時間はみるみる内に過ぎていった。
やがて病院の面会時間も終わりが近づいてきた頃……
「うう、流石にちょっと話し疲れちゃったかも……」
アリソンはベッドの上に起こしていた体を横たえた。
「ちょっと、長くしゃべり過ぎたかな。アリソン、怪我してるのに……」
「ヴィルは気にしなくてもいいの。話してたの、ほとんど私だったし」
ヴィルの言葉にそう答えたアリソンは、そのまま毛布を頭から被り、その中に潜り込んでしまった。
少し子供っぽいアリソンの振る舞いに、ヴィルは思わず苦笑を漏らす。
そして改めて思い知る。
今回の事故、一歩間違えれば、この少女の姿は自分の目の前になかったかもしれない。
不時着に失敗した機体の中で、爆発に巻き込まれ、その体まで粉微塵に吹き飛んで、死体すら残らなかったかもしれない。
毛布に潜り込んだアリソンの姿を眺めながら、ヴィルはギュッとその拳を握りしめた。
人は死と常に隣合わせで生きている。
特に空軍に身を置き、パイロットとして危険な任務をこなすアリソンはいつ命を失ってもおかしくない、そんな道を歩いている。
(アリソンが事故にあった頃、僕は何も知らないであのアパートで一人過ごしていた……)
ヴィルの胸の奥から止めどなく湧き上がる感情の波。
それは自分の足元が崩れてしまいそうなほどの恐怖と、強烈な罪悪感だった。
無論、自分に何が出来た訳でもない事は理解している。
どんなに足掻いても人間は人間以上のものにはなれない。
愛する人が遠くで命の危機に晒されていても、それを知る事も、助ける事も出来はしない。
それでも、手の平からこぼれ落ちて行く砂のように、最愛の少女の命が失われてしまおうとしていた事、
その事実はヴィルの心を激しく責め苛む。
(もし、今度またこんな事があったら、僕は………)
夕方が近づき、病室の中は既に薄暗くなり始めていた。
窓から差し込む赤い夕陽に照らされ、毛布にくるまったアリソンの姿をヴィルは言葉もなく見つめる。
と、そんな時だった。
「ねえ、ヴィル……」
アリソンが、先ほどまでとは打って変わった静かな声で口を開く。
「心配、したよね………」
「うん………」
静かに問いかけるアリソンの言葉に、ヴィルはそれだけ返すのが精一杯だった。
アリソンはその答えを噛み締めるように、しばし押し黙る。
まるで世界中の時が止まってしまったかのような静寂が病室を包み込んだ。
それから、再び彼女が口を開いた時、その声はどこか取って付けたような明るさを帯びたものに変わっていた。
「でも…でもね。ヴィルは心配しなくていいから」
「………えっ!?」
「私が死んでも、軍からはきちんと保険が出る。ヴィルは優秀だから、きっと大学だって奨学金で通えるし……」
「アリソン…何を言って……!!?」
思っても見なかったその言葉に、ヴィルはただ驚き、目を見開いている事しかできない。
そこでヴィルはようやく気付く。
アリソンが被った毛布、その端っこをギュッと握り締める彼女の手が、細かく震えている事に……。
「……私、昨日からずっと考えてたの。あの事故で、もし私が死んでたら、ヴィルはどうなってたんだろう……って」
指先が真っ白になるほど、強く強く握られた手の平。
掠れて、震える言葉の一つ一つがヴィルの心を深く抉る。
「ヴィルは優しいから…凄く優しいから……私が死んだら、きっととても悲しむ。
その悲しみのせいで、ヴィルが前に進めなくなって、ヴィルが自分の幸せを掴めなくなったら……そう考えたら、とても怖くなった。
自分が死んで、もう二度とヴィルに会えなくなるのと同じぐらい……凄く怖いって、そう思った……」
事故現場から救出されてこのベッドで目を覚まし、軋む体を横たえながら暗い天井を見つめていたアリソン。
彼女がようやく自分に起きた事態を理解し始めたとき、その胸に沸き上がった気持ちは二つ。
根源的で拭い難い死への恐怖と、それと同じくらいに胸を締め付ける最愛の少年への思い。
アリソンは心底恐れた。
後一歩のところで、自分はヴィルの幸せを奪っていたのかもしれないのだと。
だから、言わずにはいられなかった。
無茶な願いである事は百も承知。
ヴィルがどれだけ自分の事を想っているのか、誰よりもそれを知っている。
それでも、彼から笑顔を奪うのは、絶対に許せない事だから………。
「……たとえ私がいなくなっても、ヴィルが前に進むためのものは全部揃ってるから……
私の事は忘れて、ヴィルはヴィルの夢を叶えて、きっと幸せに…」
「アリソン……っっっ!!!!!」
アリソンの言葉はそこで、ヴィルの叫びに断ち切られた。
「ヴィル……」
「ごめん、アリソン………だけど、僕は…」
俯いたヴィルの顔に浮かぶ何かを堪えているような表情。
そのまま何も言えなくなってしまった二人の間に残されたのは、重々しい沈黙、ただそれだけだった。

それからの数日、ヴィルは入院中のアリソンの看病のため、毎日病院に通った。
ただ、あの日の一件以来、二人の間からは会話が減り、お互い視線を合わせる事もほとんど無くなった。
沈黙に包まれた病室の窓から見える空は、まるで何かの皮肉であるかのように青く晴れ渡り、
今の二人の間に漂う空気のいびつさを、否応もなく際立たせていた。

そしてついに、アリソンの退院まであと二日となったある日、ヴィルは一人ぼっちの寝室で、ベッドに横たわりぼんやりと暗い天井を眺めていた。
『でも…でもね。ヴィルは心配しなくていいから』
こうして一人で過ごしていても、あの日あの時、アリソンが口にした言葉はヴィルの耳の奥にこびりついて消えてくれない。
『私の事は忘れて、ヴィルはヴィルの夢を叶えて、きっと幸せに…』
あの時、ヴィルはアリソンに向けてハッキリとした言葉を返す事が出来なかった。
ヴィルには理解できていた。
あの言葉が、死を間近のところで乗り越えたアリソンの、心からの願いであると。
そして、ヴィルはこうも考える。
もしも自分がアリソンの立場であれば、きっと同じ事を願うだろう、と。
自分のために、アリソンが傷つき、夢を、幸せを追いかける力を失う事。
それはヴィルにとっても、まさしく恐怖だった。
「それなら……僕はアリソンに、どう言ってあげれば良かったんだろう……」
生と死は表裏一体。
人が人生という道を進むその背後には、いつも巨大な鎌を携えた死神の影がある。
いつかは誰もが経験する絶対的で絶望的な別れに、果たして自分はどう向き合う事が出来るのだろうか。
茫漠とした思考の海を漂うヴィルの意識。
そんな彼がふと手を伸ばした先に、何かが指先にぶつかる感触があった。
「ああ、そういえばここ数日は書いてなかったな……」
ヴィルが手にとったのは枕元のチェストに置かれた日記帳。
ヴィルは『未来の家』にいた頃からずっと、毎日ほとんど欠かす事なく書き続けてきた。
「そうだ……」
そして、その日記帳をしばらく見つめていたヴィルは、何か思いついた様子でベッドから体を起こす。
立ち上がった彼が向かったのは勉強などに使う自分の机。
縦に並んだ引き出しの一番下に、目当ての物があった。
「…懐かしいな……」
そこからヴィルが取り出したのは、古びた一冊の日記帳。
引き出しの中には同じような日記が数冊並べられている。
そこには先ほどヴィルが枕元で手にとったものと同じく、彼が過ごしたこれまでの年月の事が記されていた。
ヴィルはそれを、窓の外から差し込む月の光と街灯りだけを頼りに1ページ、1ページ、その内容を噛み締めるようにゆっくりと読み進める。
ヴィルの思い出が綴られたその日記のそこかしこには、当然のように大好きな幼馴染、アリソンの姿があった。
(いつも、一緒だったんだ……)
あの日、『家』にやって来たばかりのアリソンを偶然に見かけて、その後の破天荒な自己紹介で『信頼できる部下』に指名されてしまったヴィル。
そこから始まった日々の中で、アリソンはヴィルが今まで見た事のなかった世界を、それを切り開く勇気を教えてくれた。
二人はいつも傍にいて、それは『未来の家』を離れて、お互いが自分の目標に向かって歩み始めたときも変わらなかった。
離れていても、ずっと近くに感じていた。
心の中にいる大切な人の存在が、ずっとヴィルを支えてくれた。
「……………」
ヴィルは打ち拉がれ、混乱していた自分の心がゆっくりと落ち着きを取り戻して行くのを感じていた。
今のヴィルがアリソンに伝えるべき言葉。
嘘偽りのない、自分の気持ち。
「わかったよ……アリソン……」
あの日聞いたアリソンの懸命な叫びに対する自分の答え。
その確かな感触を胸の内に感じながら、ヴィルはぎゅっと拳を握りしめた。

開け放たれた窓から吹き込む風がカーテンを揺らす、その様子を見ながらアリソンはあの日、自分がヴィルに向けて放った言葉を思い返していた。
「…馬鹿だな、私……あんな事言ったら、ヴィルを余計に苦しめるだけだって分かりそうなものなのに……」
あの時言った言葉は、結局のところ自分の中にある恐怖、ヴィルの未来を奪う事に対する恐れを吐き出しただけに過ぎない。
自分の不安な気持ちを、一番言ってはいけない形でヴィルにぶつけてしまっただけ。
ちくちくと胸の中で疼く罪悪感に、アリソンは我知らず苦笑を浮かべる。
「…ごめん…ヴィル…ごめんね……」
今日もきっとヴィルはお見舞いに来てくれる。
だけど、今のアリソンには彼にどう言葉をかけて良いかが分からない。
制御を失い狂ったように暴れる機体の中、背後に確かに感じた死の感触。
アレは全てを喰らい尽くし、その後には何も残さない。
それに大切な者を奪い去られた人間が、どれほど大きな絶望に打ちひしがれるか、想像したくもない。
ヴィルにとって自分が、簡単に切り捨てられるほどの軽い存在ならどれほど良かっただろう。
だけど、アリソンは知っているのだ。
ずっと傍らで自分を支え続けてくれたヴィルの、優しさと、親愛と、ただそこにいるだけでアリソンを元気にしてくれるあのぬくもりを。
「ほんと、どうしたらいいんだろう……?」
ヴィルが病室を訪ねてくるのはいつも午後になってから。
それまでに自分は、ヴィルの眼差しを真っ向から受け止める勇気を奮い起こす事が出来るのだろうか?
それから、アリソンが視線を自分の手元に下ろし、深くため息をついた、その時だった………
「アリソン………」
「えっ……!?」
聞き慣れた声に思わず振り返ると、そこにはもう随分長い間見ていない気がする、彼の柔らかな笑顔があった。
「ごめん…ドア、開っぱなしだったから、勝手に入っちゃって……」
「う、ううん…ヴィルだったら、別に構わないわよ」
ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるヴィルの姿を、アリソンは呆然と見つめる。
だけど、そこで彼女の心に『あの時』の記憶がよぎる。
背後から押し寄せる、全てを飲み込む圧倒的な虚無。
死の影。
胸をぎゅっと締め付ける痛みに、アリソンはうつむきそうになる。
だけど、その手をヴィルの手の平が握ってくれた。
触れ合った肌から、凍りついてしまいそうなアリソンの心を溶かす優しいぬくもりが流れ込んでくる。
「…ヴィル……」
「…今日は急いで来たんだ。アリソンと、早く話したかったから……」
「話……」
「うん。この病院に最初に来た日、アリソンが僕に言った事……それに応えたくて、ここまで来た」
穏やかな調子で、だけど一言一言を噛み締めるように、ヴィルの語る言葉。
それはアリソンの心を次第に落ち着かせていった。
やがてアリソンは顔を上げ、まっすぐにこちらを見つめる少年の瞳をしっかりと見据えた。
「…アリソンは言ったよね。『僕は僕の夢を叶えて、それで幸せになるように』って……」
「うん……」
「あの時は強引に話を遮ってしまったけど…今度こそちゃんと答えるよ。
もし、万が一の事があって、アリソンがいなくなっても、僕は立ち止まらない。
僕は僕の決めた目標に向かって歩き続ける。絶対に、諦めたりなんかしない。………だけど」
ヴィルはそこで、アリソンの手の平に重ねた自分の手に、ぐっと力を込める。
「だけど、あの時いっしょに言われた事、『アリソンの事を忘れて』………それはできない。絶対に無理だ。
僕が僕の夢を、幸せを掴むのは、やっぱりアリソンと一緒じゃなくちゃ……」
「一緒…って……?」
考えてもみなかったヴィルの言葉に、アリソンはオウム返しに聞き返した。
「僕はアリソンを忘れない。アリソンが死んだら、いなくなったら、きっと凄く辛いんだと思う。悲しいんだと思う。それこそ、心が粉々になるくらい……。
でも、きっと僕はアリソンを忘れない。……だって、僕を今の僕にしてくれたのは、アリソンじゃないか。忘れられるわけないよ」
いつも一緒にいた、大好きな幼馴染。
彼女の勇気が、行動力が、優しさが、ヴィルに新しい世界を見せてくれた。ヴィルの目指す道を照らしてくれた。
そして、彼女を、アリソンを想う強い気持ちが、今のヴィルをヴィルたらしめている。
共に歩み、支え合った絆は、たとえ繋いだ手の平を引きはがされたって絶対に消えない。
死は全てを呑み込み、喰らい尽くす。
だけど、胸の奥に燃えるこの想いだけは絶対に消し去る事は出来ない。
たとえ、死に分かたれたとしても、その想いは残された者の背中を強く押してくれる。
あなたは一人ぼっちなんかじゃないと教えてくれる。
「どんな事があっても、僕はアリソンを忘れない。最後までずっと一緒だ」
「ヴィル……」
そして、ヴィルの言葉に触れて、アリソンも気付く。
自分の胸の中、どんな辛いときでも、苦しいときでも、消える事なく支え続けてくれた彼女の中の『ヴィル』の存在に。
とめどない不安を抱えて『未来の家』にやって来たアリソンの心を包み込んでくれたヴィルの優しさ。
無茶な計画を立ててはどこまでも突っ走っていく自分に、ヴィルはいつだってついて来てくれた。
そして、そんなヴィルに対していつしか抱くようになった想い。
そんなたくさんのヴィルへの気持ちが、今のアリソンを作り上げてくれた。
絶対に消えない、忘れられない、胸の奥で燃える炎。
いつだって、ヴィルは一緒にいてくれたのだ。
「…わかったわ、ヴィル……だから、ヴィルもこれから先ずっと、私と一緒に……」
「うん。一緒にいるよ。ずっと、アリソンの傍に……」
アリソンは自分の手の平の上に置かれたヴィルの手に、そっと指を絡める。
きゅっと握りしめたその感触には、他の誰にも代えることのできない、愛しい人の手触りがあった。
それから、この数日の間、押さえつけていた感情が一気に溢れ出したアリソンとヴィルの顔は、いつの間にか泣き笑いの表情に変わり、
「アリソン……」
「ヴィル……」
そのまま二人の唇は、惹かれ合うように重ね合わされたのだった。





以上でおしまいです。
たぶん、ヴィルにとってはアリソンが、アリソンにとってはヴィルが、自分というものを作り上げる上での重要な基礎になってると思うんですよね。
だから、そういう意味で二人の絆を引き裂く事は絶対に出来ない。
でも、それは同時に凄く切なく、辛い道なのかな、とも思うわけです。
たとえ死に別れたとしても、愛する人の想いに嘘をつく事ができないから、一人ぼっちになっても尚まっすぐ進んでいく。
胸の中にいる大切な誰かを裏切れないから、その悲しみさえ乗り越えて進む事ができてしまう。
(アリソンがヴィルをスー・ベー・イルに送り出せたのも、そういう二人だったからこそでしょう)
そんなアリソンとヴィルのまっすぐさが、わたしにとっては切なく、そして愛しく感じられてしまうのです。

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主GJですb
これからもがんばってくだせぇ(ニヤニヤ

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コメント、ありがとうございます!
時雨沢作品のエロを扱ってるところは本当に少ないですし、
これからもニヤニヤしていただけるよう頑張りたいと思います。
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Author:SBI
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